
昔むかし、西洞庭山に美しく働き者でやさしい碧螺という名前の娘がおりました。碧螺はたいへん歌がうまく、その美しい歌声に人々は魅了され、太湖をへだてた東洞庭山に住む阿祥という名の青年も彼女に魅せられたひとりでした。阿祥は武芸に秀でたくましく、漁業をなりわいとしておりました。二人は湖をへだてても互いに好意を持つようになりました。阿祥は船の上から、碧螺は湖のほとりで歌を歌って、愛をたしかめあっておりました。
ある年の初春、太湖に突然災難がふりかかりました。湖の中から残忍な悪い龍が姿をあらわし、嵐をおこしたり、妖怪をたきつけたり、碧螺を要求して太湖周辺に住む人々の暮らしを脅かすようになったのです。洞庭山の人々と愛する碧螺を守るため、阿祥は悪龍と戦うことをちかい、月のない夜、手に漁で使うヤスを持ち湖に飛び込んで、激しい戦いのすえ、ついに悪龍を退治しました。しかし阿祥も無事ではありませんでした。多量の出血で昏倒してしまったのです。碧螺は病状がおもわしくない阿祥を自分の家に運んでもらい、みずから介抱することにしました。どんなに手をつくしても傷は日に日に悪化してゆきます。阿祥は碧螺が日夜自分によりそって献身的に介抱してくれるのを感じましたが、どんなに彼女に話しかけたくてもすでに身体は言葉を発することができないほど衰弱しており、できることといえば、やさしいまなざしで見つめることだけでした。阿祥を助けるために、碧螺は良医良薬をあちこち探し求めました。
そんなある日、碧螺は、阿祥と悪龍がたたかった場所にまだ早春にもかかわらずすでに小さな芽を出している小さなお茶の木が生えているのに気づきました。この木は阿祥が平和のために悪龍とたたかったのを見ていたにちがいない。この木を阿祥が人々の幸福のために自分を犠牲にした証として大切に育てよう。碧螺は茶樹のまわりに土をもってあげ、それから毎日木が無事に育っているか心配で足を運ぶようになりました。寒い時は、芽が凍ってしまうのを恐れて、芽を口にふくんで温めてあげました。清明節のころには葉はすくすくと若葉になっておりました。碧螺は若葉を摘んで懐にしまい、家に帰るとお茶にして阿祥にさしあげました。そのお茶を飲むと、不思議なことに体から力がみなぎり気分も良くなった阿祥は手足を伸ばして言いました。「不思議だ。起き上がれそうな気分だよ。それは何の薬なの?まるで仙丹のようだね」碧螺はこの光景を見て、喜びの涙を流しました。もっと元気になってもらいたい。碧螺は茶樹が生える場所にかけつけ再び若葉を摘んで懐にいれて自分の体温であたため、家に帰ると葉を取りだして軽く揉んでお茶にして阿祥にさしあげます。このような日々が何日か続きました。
阿祥はとうとう起き上がれるほど回復し、碧螺の手をとって彼女への愛と感謝の気持ちを伝えました。碧螺も恥ずかしそうに阿祥に対する愛を告白しました。しかし、愛に満ちた幸福の時間は長くありませんでした。碧螺は力尽き身体を支えることができず阿祥の腕の中で微笑みをうかべながら瞳を閉じて二度とその瞳を開くことはありませんでした。
阿祥は悲しみに沈みながら、碧螺を洞庭山のあの茶樹のかたわらに埋葬しました。この時から阿祥がけんめいに育てた茶樹は、後に名茶になりました。