民間に伝わる鉄観音の伝説は数多く存在します。その中から2つをご紹介します。

清王朝、乾隆帝の時代、王士譲という文人がいました。王士譲は学問に秀でているだけでなく、名山や名河を自らの足で訪れる行動的な文人でした。
ある日、王士譲は南峰山散策中に山の中腹の岩に不思議な形をした茶樹が生えているのを見つけました。茶樹をそのままにして去りがたく、王士譲はその茶樹を持ち帰って大切に育てることにしました。
茶樹は元気に茂り、その茶香は四方八方の人々をよわせました。この茶は貢茶として乾隆帝に献上されました。そうして茶葉はしっかりとした外観で、まるで観音さまが両手を合掌させているかのようだったので、鉄観音と名づけられました。

清王朝、乾隆帝の時代、現在の福建省安渓県西坪に魏飲という茶農がおりました。魏飲はたいへん信心深く、十数年間一度もかかすことなく毎朝三杯のお茶を観音さまにおそなえしていました。
そんなある日の夜、観音さまが魏飲の夢枕にたちました。崖の上に蘭の花のような香りを放つ茶樹が生えていると教えられた魏飲は翌日その茶樹を求めて山に探しにゆくと、はたして夢に見た茶樹を見つけることがかなったのです。魏飲は茶の苗を鉄鍋の中でだいじに育てました。
三年後、成熟した茶木から茶葉をつくって来客をその茶でもてなすと、その評判は広がって行きました。良い名前をと頼まれたある勉学所の教師はこのお茶が観音さまの夢のお告げによってたまわることができたことや、鉄鍋に植えられたことや、茶葉が鉄のように重かったことなどから「鉄観音」と名づけました。

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